「「日本封じ込め」の時代 −日韓併合から読み解く日米同盟」(PHP新書)
(2007年2月15日)
最近の日本、どこかおかしくはありませんか?───「政治」「経済」「社会」など、あらゆる角度から見ても閉塞感が漂っています。
しかし、それでいながら政治や経済の「エライ人たち」は何をしているのかというと、やれ「格差社会」だ、「構造改革」だと相も変わらず責任のなすりあいを繰り返しています。大メディアを舞台としたそうした言葉の格闘技は、90年代初頭に登場した当初こそ格好良かったものの、ここに来て急激に色あせてきたというのが実態だといわざるをえません。なぜなら、少しでもじっくり考える余裕のある日本人ならすぐに気付くからです、「そんな議論は全て茶番だ」ということに。
それでは、今の日本を漂う「閉塞感」とは一体どこから来るものなのでしょうか?
そのことを徹底的に追究し、その結論としてGHQによる「日本管理」(占領)は実はまだ終わってはいなかったのだということを明らかにするのがこの本の目的です。
しかし、そのためには語られることのない現代日本史の暗部ともいえる「GHQによる日本占領統治史とその後」を照らし出すプリズムが必要です。そしてそのプリズムは、日本人が「今されていること」を、日本人自身が「かつてしたこと」によってくっきりと浮かび上がらせる光を創り出すものでなければなりません。
この本では、こうしたプリズムとして今から約100年前に日本が行った「日韓併合」を取り上げました。時に感情的になるまで徹底した自虐史観で語ることが未だに一般的なこの史実を、現代日本を覆う二つの構造である「金融」と「メディア」という軸を通して、あらたに透かした時、そこにはこれまであからさまには語られることのなかった「日韓併合」が持っている本当の意味合いが浮かび上がってくるのです。
そして、そこで「支配する側の論理」と「支配される側の論理」を学び取った上で、GHQによる「日本管理」以来の現代に至るまでの日米関係をみわたした時、そこに余りにも相似な「支配と被支配の論理」が展開していることに気付くことができるでしょう。極端なことをいえば、今の日本で起きていることの全てが、かつて60年ほど前に米国が仕込んだ仕掛けの結果なのです。
そうである時、かつての仕掛けに実った果実を刈り取りにきた米国に対し、今の日本を生きる私たちは一体何を訴え、何をすればよいのか。───5月1日に会社法上の三角合併が解禁となり、米系外資による日本買いが一斉に始まる今だからこそ、私たち、一人ひとりの日本人が考えなければならないのでしょうか。
この本が、そうした思考に到達する「目覚めた新しい日本人」の一助となることを祈ってやみません。
(2006年1月 原田武夫記)


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